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会長の思い

 

トーリンホーム株式会社 代表取締役会長 伊藤憲史

威張るのがキライ
隠し事がキライ
「会長でござい」という顔をするのがキライ…

トーリンホームの会長・伊藤憲史は、
およそ経営者らしくない経営者という評判をいただいています。
モデルハウスを訪れてくださった方にお尻も軽く応対する伊藤に、「親切なおじさんがいた」と、満足して帰られるお客様も大勢おられます。

伊藤がそんな風にしているのは、肩ひじ張ったつきあいをすると、お互いに言いたいことが言えなくなる、という思いから。
お客様とはざっくばらんに本音で語り合い、一生おつきあいをしていきたいというのが、伊藤の願いなのです。

好きなことは食べあるくこと、旅行、ゴルフ、そして人に出会うこと。
いまもどこかにやんちゃ坊主の面影を残す会長の「元気が出る話」に、どうかしばしの間おつきあいください。

 

故郷は私を育ててくれた、
大切な場所

会ったらもう友達と思うところは母譲り

生まれも育ちも三河ですからね、そりゃあ愛着はありますよ。育ててもらった場所だからね。小さい頃から友達は多かったですね。みんなでわいわいするのが好きで、まあふつうに悪ガキでした。私の母親が友達の多い人で、私はその性格を受け継いだのだと思います。人とのつながりを大事にしたいタイプというか。こういうのは生まれついての性格なんでしょうね。会ったらもう友達って思うところは、いまでも変わっていません。

 いまは、傷つくのを恐れてお互いに深入りしない若者が多いんですってね。もったいないよね、せっかく縁があって出会っているのに。学生時代には金がなくて、当然のような顔をして先輩に奢ってもらっていましたが、心の中ではものすごく感謝していました。

それをまた先輩にお返しするんじゃなくて、後輩に同じことをする。そうやってみて初めて先輩の恩情っていうものを知るんだよね。図々しいとか、こんなことすると嫌われるんじゃないかと思うより、素直に人に甘え、甘えられることを知っておくのもいいことだと、私自身は思いますね。

 

ポプコン出場。音楽一色だった青春時代

私の青春時代は歌に明け暮れました。高校時代、友人とバンドを組んでいまして、その頃ちょうどフォークソングの全盛時代でした。私の年代の方ならよくご存知だと思うのですが、ヤマハのポプコンに出場し、審査員特別奨励賞というのをいただきました。当時としてはそれはものすごいことでね、かぐや姫やNSPとジョイントコンサートをしたり、つま恋コンサートに出たりと、夢のような経験をさせてもらいました。

私の役割ですか?ボーカルですよ。決まってるじゃないですか、目立ちたがり屋なんだから(笑)。少し自慢話をすると、東京は青山の一流クラブで、弾き語りのアルバイトをしていたこともあるんです。いまも上手いものですよ。今度お聞かせしましょうか?(笑) やがてそれぞれが将来の進路を考える年になり、バンドは自然解散ということになりましたが、青春の日々はいまも私の中でキラキラと輝いています。

ポプコン出場。音楽一色だった青春時代

 

お客様、トーリンホーム、
地域社会。
三方よしで行きたいですね

「シックハウスを考える会」に、地域で最初に参加

法政大学を卒業後、そのまま東京でゼネコンに就職したのですが、家の事情で呼び戻され、父が始めた工務店を手伝うことになりました。独立し、トーリンホームを設立したのは平成10年(1998)のことです。もともと家業が大正12年創業の材木問屋だったので、木に対する愛着と自信は人一倍あり、木の家をやりたいということはすぐに決まりました。それに加えてキーワードにしたのが「健康住宅」というものです。

いまでこそ健康住宅は当たり前のこととされていますが、当時は家の建材によって体調不良になる「シックハウス症候群」という言葉がやっと使われ始めた頃で、一般にはほとんど知られていませんでした。このシックハウス症候群の命名者は上原裕之氏で、「シックハウスを考える会」を立ち上げ、世の中に警鐘を鳴らす活動を始めておられました。トーリンホームは三河地域で最も早くこの会に参加し、人体に害のないもの、そして環境にも負荷をかけないものを吟味しつつ、家づくりに取り組むことになりました。

 

工務店仲間とのネットワークを広げる

工務店仲間とのネットワークを広げる

「シックハウスを考える会」の全国的な活動に参加すると同時に、私は地元でもいいものをお客様に提供するためのネットワークをつくらなくてはならないと考えました。そこで、東海3県下(愛知・岐阜・三重)で工務店を営む仲間に声をかけ、志を同じくする者たちで「家を守る会」を結成しました。

工務店というのは技術者集団ですから、それぞれに独自のやり方というものを持っており、それをなかなかオープンにしようとしません。「家を守る会」では、そんなことではいけない、良い技術は出し惜しみしないで教えあおうという趣旨を持っていました。そのことで全体のレベルが上がれば、喜んでくださるお客様も増え、口コミでいい評判が広がり、企業にも還元される。また、良い家が増えることは良い社会資本を増やすことにもつながる。そんな「三方よし」の考えに基づいて、会員工務店同士が知恵を出し合うことにしたのです。

この会では技術情報のやりとりだけではなく、海外で木材や石材を買い付けるなど、良質のものを安価でお客様にご提供するためのルートも開拓しました。トーリンホームが無垢材や天然石など、良いものを使っている割に価格帯を抑えられているのは、この工務店仲間と共に取り組んできた努力の成果なのです。

 

人を元気にできるのは、
誰かとつながっているという思い

人を元気にできるのは、 誰かとつながっているという思い

元気のいい社員が育ってきました

うちの会社を見ていただいてどうですか?なかなか活気があるでしょう?会長として私が心がけているのは、社員が朝起きて「きょうも会社に行ける、嬉しいな」と思ってくれることなんですよ。社員が心から楽しいと思って笑顔にならないと、お客様には伝わりませんからね。暗い顔のスタッフがいるモデルハウスで、家を建てようとは思わないでしょう?

おかげさまで、いまは社員がどんどん自主的に動いてくれているので、私は大助かり。技術面でも接客面でも、自分たちで考えて方向性を出してくるので、大抵の場合は「やってみろ」とゴーサインを出しています。万が一失敗した時のために私がいるのであって、失敗を恐れていては新しいものは生まれませんから。

仕事だけでなく遊びもしっかりやりますよ、うちの社員は。さっきも「会長、今度のゴルフは○○に決まりましたから、予約しておいてくださいね」と言いにきました(笑)。小さな会社ですから、こんな風に距離が近くて何でも言い合える関係がとても大切だと思うんですよ。

 

 

地域の中で頼り、頼られ生きていきたい

私は家をつくるのが本業で、その仕事を通して地元の皆さんとお知り合いになれるわけです。せっかく知り合えた皆さんと、おつきあいが発展していかないと面白くない。そしてできることなら、みんなで地域社会に役立つこともしてみたい。そんな思いから会社の設立と同時に始めたのが「トーリンホーム友の会」です。

友の会ではバーベキュー大会や奥様会、日帰り旅行などを開いて親睦を深めながら、それらの会をチャリティにすることで、収益を福祉施設などに寄付しています。また、タイ山岳少数民族の文化と子供たちの教育を支援する「さくらプロジェクト」に賛同し、里親になったり、ホームステイを受け入れたりといった活動もしています。

友の会はトーリンホームがある限り、永遠に続けるつもり。なぜって、家を建てることを通してたくさんのつながりが出来、その中で頼り頼られて生きていくことが、本当の意味で地域に根付くということだと思うからです。ただ建てるだけなら、何百軒、何千軒の家を建てたとしても、地域で生きているとは言えないと思います。

まあ、何やかんやと理屈をつけてはいますが、要はみんなで何かしているとご機嫌な男というだけなんですよ。だって、人を元気にできるのはやっぱり人でしょ?あったかいのがいいですよ、人も家もね。